ロダンとカリエール 国立西洋美術館

自分の作品のどれか1つを言葉で再現しようと思えば、1年間語りつづけなければなるまい
とロダンが言うのだから、ぼくに言葉で表現できるわけがない

リルケに代弁してもらうと
なにかの搭のいただきに立って、その錯綜した道の上を多くの民族が通り過ぎていった凹凸のはなはだしい土地を見下ろす心地がする

かれは人間の表情を、彼自身が登場している一場面のように体験する
かれは当のモデルに何一つ語らせず、自身で見ることのほかはいっさい知ろうとしない
しかし、かれはすべてを見るのだ

多声の苦悩がよびおこす感動に、心をまだ囚えられていると思ううちに
いかなる訴えもそこから発してはいないことに気づく
それは外部の世界に向けられてはいない
それはみずからの正しさをみずからのうちに担っているかのようだ

こんなようなことをリルケは長々と語る
読んでいるうちに眠たくなってきた

ロダンの彫刻はぞっとする
こんなものが1つでも部屋にあった日には、おちついていられない
1つ1つの像は、沈黙の中に多くを語る

ロダン

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