「抜くか」とじじぃが言った
「もう駄目だな」
ぼくは、抜かないで欲しいなんて頼んだ覚えはない
じじぃが一人でがんばっていただけだ
小さい頃、歯医者で抜いた歯は家に持って帰った
下の歯は屋根の上に投げて、上の歯は庭に埋める
でもこのことについて人に話したことはない、人から聞いたこともない
ただ母親から言われたので、そうしてただけだ
これは一般的な風習なのかと、ふと思う
今日ももらってこようと思ったけど
じじぃはそんな空気を許さず、臆病に犯されたぼくは言い出せなかった
「人生に必要なのは、勇気と想像力と少しばかりのお金」とチャップリンは言う
歯医者に通うことに関して言えば、勇気はいくらあっても足りないくらいだ
しかし、想像力なんてないほうがよい
痛みを感じることより、まだやってこない痛みを想像することは勇気を激減させる
ぼくの歯は人より1本少なくなってしまった
そして、もう1本おかしな歯がある
奥歯から順番にやられていく
ぼくは前歯だけになってしまった自分を想像する