柴犬

救急車の音が聞こえると
「ウォーン」と鳴いた
さびしく、せつない

名前はパピー
ある日、英和辞書で発見した
意味は子犬
意味なんてないと思っていた
名付けはおとん、さすが東京外国語大学卒、ひねりのなさもうちのおとん

ぼくと同じぐらいだった小さな犬も先を越してどんどん大きくなって
ぼくの手にあまり、世話役はおとん、すっかりおとんになついて
おとんの帰りを真っ先にかぎわけて、狂ったようにわめいて、飛び回り
おとん手作りの犬小屋は何度も土台からずり落ちた

鎖をはずしてやると、一目散にかけていき
存分に楽しんだ頃
おとんが叫ぶと、ぼくにはBABEEにしか聞こえないのだけれども
どこにいようとも、全速力で舞い戻ってきた

パピーはぼくの友達にはすぐになついた
噛み付いたのは、ツムラ君の兄貴だけ
同級だったうちの姉貴も、あいつならしょうがないと
ぼくにもそのしょうがないの意味はわかった
怪しいやつには、徹底的に吠えまくる

野放しにされたパピーがなにをしでかしていたのか
町内では野犬が問題になって、毒団子がまかれるようになり
散歩に連れて行くのはぼくの役目になった

いっきにパピーは寝返って、主人はぼくになる
ローラスケートのはやっていた当時
小便させる間も与えず引きずり回す
踏ん張るところは、頑固なやつで、ぼくは結構、こけた

ぼくは高校3年、パピーはもう15年は生きたのか
「そろそろ受験や、大変や、のんきに散歩なんてしてられへん」
などと、もうよたよたのパピーを連れている
土手から溝を飛び越えようと、後ろ足を溝にはめてあたふたする

受験も間じかの寒い日にパピーはいなくなった
犬は最後のときを誰にも見せないとおかんは言う

どうやって鎖をはずしたのか
主人のおとんは何も言わない

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