パウル・クレー展 大丸ミュージアム

別れぼくたちが形あるものを観察するのは
芸術の表現のためであり
そこに、ぼくたちは自身の魂をものぞき込むことができる
哲学と人はいうが、確かに哲学には芸術に似通ったものがある
はじめは哲学がどれほど魂を観察できるかを知って
ぼくは驚いたものだ(クレー日記)

わけがわからないながらもぼくはお気に入りだ
ノートの切れ端に描かれた中学生の落書きのような絵
本物をまじまじと眺めてきた

普通の紙に鉛筆でささっと描いてある
その天使の絵がぼくは欲しくてしょうがない

こんな落書きが少し高価な紙に印刷されて、たいそうな額縁に入れられて
うん万円、複製画の方が立派に見えてしまう

平日の昼間だというのにゆったりと絵を独占することはできない
館内はそれなりの込み入りよう

哲学は難しい単語を並び立て、何度読み返してもつかみ所のない文章がつらつらと
何百ページにも及ぶ紙を費やして、分厚い本は威圧感を与える
ページをめくる気にもならない

ただの線が、それでも的確に魂をとらえた線が
多くの人を魅了する

1本の線が多くを語る
ぼくは、そのうちのわずかをのぞけた気になった

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